KenParker's

自分の人生で、ふと思ったことを書いてます。

フェミニストなんで

 この前の続き。

 

 

 さて前回自分の中にある、女性に対する違和感があると書きました。それは、子供が生まれるので職場を去って行ってしまう女性に対するものだと。あー、怒られそうだ。けど、しょうがない。ここは、こういうやつもいるということで勘弁してください。

 

 自分の中で、働いている女性=進歩的な女性という思い込み(バイアス)があって、その進歩的な女性というのは、子供ができたくらいで会社辞めたりしないよね、復帰してまたバリバリ働くよね、と思い込んでた。それ以外の人って目標が低すぎなんじゃないか、という無意識での思い込みというか、偏見・バイアスがあったということなんです。あー、本当に怒られそう。そして、この思い込みはケンパーカー自身の生まれ育った環境と今の環境から形作られたものだと、考えているわけ。

 

 けど、ふっつーに考えて、働いてる女性=進歩的な女性という図式はあまりにも画一的だし、じゃ、働いてる男性=進歩的な男性か?と問われると、一笑に付されるのは明々白々。ケンパーカーなんか、働いてるけどキャリア志向でもなければ、バリバリ働いてるわけでもない。あと、進歩的な女性って何?ってのも自分の中であまりにもステレオタイプなイメージがあったなーと反省した。働いてなかったら進歩的じゃないの?とか、そもそも女性が進歩的である必要がある、ないと考えている時点で、男性側視点というか、上から目線だよ。もう、そもそも、働く働かないもどっちでもいいじゃん。その理由も何でも構わんです。赤ちゃんが生まれてからも働きたいって人がいてもいいし、赤ちゃんと一緒にいたいから仕事はしない、って人がいても全然いいわけです。あるべきはその世界だよね、と。これ男性も一緒ですね。男性だって働いたって働かなくてもいいし、主夫だろうがなんだろうが何でもいいわけです。周りがとやかく言うことじゃない。自分が思う幸せを究めたらいいんですよ。なので、今回の一件というか、そんな事件というわけではないんだけど、久しぶりに出産退職?される方を見て、いろいろ考え、いろいろ反省したわけ。

 

  

 で、こんなことを考えている中で改めて、自分はフェミニストでありたいなと思ったんです。うーん、フェミニストって、何なんなんだ。すんごい曖昧な言葉で、イマイチ分かりにくいところがあるかな・・・。自分なりに定義するとこんな感じ。

  

「女性の機会平等を応援している人」

 

 ケンパーカーは女性っていうことだけで、男性ならもらえているチャンスを得られないなんてありえない、と思っている。男か女に生まれるってのは自分で決められないしね。そんな自分で決められないことで、社会のいろんな機会が閉ざされるなんてあってはならないことだと思っている。 

 

 

 これはねー、正直、本当に心の底から男性が思おうと思ったらめちゃめちゃ難しいと思うんだよね。自分が属していな社会?グループのことを想像して、その人たちが受けている理不尽さや不利益に対して、本当に心から「それはダメだよね」、そう思えるって。ケンパーカー自身も気をつけてないと、自分が男であるってだけでこの世の中でいかに優遇されているか、すぐ忘れてしまう。そんでいろんなことに対して想像が及ばなくなって鈍感極まりなくなってしまう。男性からしたら結構耳が痛いんじゃないかな。だって、誰だって自分が他の人より下駄履かせてもらってるとは認めたくないし、今の功なり地位は自分が頑張ったからとか、努力したからとか、自分の能力が他の人より優れていたからって思いたいんだよね。多かれ少なかれ。(えー、自分はそんなこと思わない、って人はもう一度心に手を当ててみてよ。)「あなたは男だからそのチャンスを得られたんです。」「そのチャンスを得られたからこそ、今のあなたの地位があるんです」って、面と向かって言われて、はいそうですね、って素直に返せる男性がどれぐらいいますかね?100人に3.5人ぐらいかな。ほっとんどいないと思う。男の人って、めちゃめちゃプライド高いですから。

 

 だからケンパーカー自身もすんごく気をつけてる。今日のブログを書いてる理由の1つだって、そこにある。ケンパーカーの人生が自分の努力によって切り開かれたものという幻想に支配されないように。自分の努力で人生を左右できる部分なんてたかがしれてますよ。だから今の人生が、自分が女性に生まれていたら実現できたものなのか、ってことを自問自答するようにしている。自分が得られているものが決して当たり前だと思わないようにするってことだけなんだけど、これがこの世の中で理不尽に扱われている人たちへの自分なりの礼儀だと思ってる。

 

 そして、ケンパーカーがそう思うのは、それは兎にも角にも、素晴らしい女性たちに今まで出会ってきたから。前回書いたように自分の母親だったり、2児の育児をしながらフルタイムで働く姉であったり、過去現在の苦難の数々を共にしてきた同僚たち、苦労話も笑って話せるバイタリティーを持つ女友達。あー、彼女たちは本当に強い。そんな人たちを前にしたら、いつも恐縮してしまうのだ。あー、ごめんなさいと。いや、謝る必要なんかないんだけど、なんか背筋をピンっとして、真剣に相対しなければって思ってしまう。いつも本当にぐうたらしてるケンパーカーの人生も少しはちゃんとしないと、と思う。そしてそれが彼女たちに対する、(少しばかりではあるけれども)礼儀を尽くした向き合い方かなと思うのです。だからフェミニストであり続けたい。そんなことを思うわけ。

 

じゃー、また今度!